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大阪地方裁判所 昭和48年(ヨ)2454号 決定 1973年10月13日

申請人

榎原賢太郎

外一一〇〇名

申請人代理人

藤原光一

外一二名

被申請人

近畿日本鉄道株式会社

右代表者

今里英三

被申請人

近鉄興業株式会社

右代表者

今里英三

被申請人代理人

和仁宝寿

外四名

主文

一、申請人らが一〇日以内に共同で被申請人近畿日本鉄道株式会社に対し金一、〇〇〇万円の保証をたてることを条件として、同被申請人は、別紙物件目録記載の建築物につき昭和四八年五月一四日大阪府建築主事より確認を受けた別紙工事内容目録記載の増改築工事のうち、同目録一の照明塔に関する工事を続行してはならない。

二、申請人らの被申請人近畿日本鉄道株式会社に対するその余の申請および被申請人近鉄興業株式会社に対する申請を却下する。

三、申請費用は申請人らと被申請人近鉄興業株式会社との間に生じた分は申請人らの負担とし、申請人らと被申請人近畿日本鉄道株式会社との間に生じた分は被申請人近畿日本鉄道株式会社の負担とする。

理由

一、当事者の求めた裁判

(一)  申請人ら

被申請人らは別紙物件目録記載の建築物につき、昭和四八年五月一四日大阪府建築主事より確認を受けた増改築工事をしてはならない。

(二)  被申請人ら

申請人らの申請を却下する。

二、当事者間に争いのない事実、および本件の疎明資料を総合すると、以下の各事実が一応認められる。

(一)、当事者

被申請人近畿日本鉄道株式会社(以下被申請人近鉄という)は別紙図面(1)の位置に別紙物件目録一記載の土地および同二の地上建築物(以下藤井寺球場という)を所有し、被申請人近鉄興業株式会社(以下被申請人近鉄興業という)は被申請人近鉄より委託を受けて藤井寺球場で野球興業を業として行なうものである。

申請人らはいずれも藤井寺球場に隣接する地域に居住する選挙権を有する住民である。

申請人目録番号1ないし257および番号792ないし957の合計四二三名は別紙図面(2a)、(2b)(春日丘三丁目)および(3)(春日丘一および二丁目)で示される春日丘地域内(同地域内の選挙権者総数は一一五〇名)に居住し、春日丘地域のうち春日丘一丁目は藤井寺市球場外壁から約五〇メートルないし一五〇メートル内、同二丁目は同じく二〇メートルないし二五〇メートル内、同三丁目は同じく数メートルないし二五〇メートルにそれぞれ位置している。

申請人番号258ないし371および番号958ないし1060の合計二一七名は別紙図面(4)で示される日本住宅公団春日丘団地内(同地域内の選挙権者総数は六七四名)に居住しており、同団地は藤井寺球場の外壁より一五ないし二〇〇メートル内に位置している。

申請人番号372ないし791および番号1061ないし1101の合計四六一名は別紙図面(5)で示される恵美坂一丁目地区内(同地域内の選挙権者総数は五三二名)に居住しており、同地区は藤井寺球場の外壁より五〇ないし四〇〇メートル内に位置している。

(二)、申請人ら居住地域の環境およびその形成過程

申請人ら居住地域の土地はもと被申請人近鉄およびその前身である大阪鉄道株式会社(以下大鉄という)の所有地であつた。すなわち、大鉄は大正一二年に天王寺・道明寺間の鉄道を開設するとともにその沿線の住宅地開発に力を入れることとし、大正一四年、現在の藤井寺球場周辺一八万余坪を住宅地開発の目的で買収し、昭和二年三月、春日丘一、二丁目(別紙図面(3))の造成地を「春日丘高級住宅地」として分譲しはじめた。

そのころ大鉄は、阪神電鉄甲子園球場における全国中等学校優勝野球大会の成功に刺激され、別紙物件目録一の土地上に総工費約七〇万円を投じて藤井寺球場の建設に着手し、昭和三年五月完成を見た。

同じころ、野球場に南接する二万二、〇〇〇坪の土地(現在、別紙図面(4)の土地)上に自然美の保存と中、小学生児童に教材用動植物等の資料を提供するとの趣旨の下に藤井寺教材園を開設、経営したが、その後日本住宅公団に売却され、昭和三五年同地に日本住宅公団春日丘団地が完成されるに至つた。

大鉄は、昭和四、五年ころ、春日丘三丁目(別紙図面(2b)の造成地を「子弟の教育上好適の環境を持つ」との宣伝のもとに分譲を開始し、被申請人近鉄は、昭和三二年ころから昭和四二年ころにかけて、春日丘三丁目の一部(別紙図面(2a)に位置する球場内の土地)をも住宅地として申請人らに売り渡すに至つた。

被申請人近鉄は、昭和三五、六年ころ、恵美坂住宅地(別紙図面(5))を「東に金剛、葛城、二上の山々がそびえ、西にはひろびろとした羽曳野の丘陵がつづいたすばらしい環境の文化住宅地」と宣伝して分譲した。

そして、申請人らは、いずれも右分譲地上の建物あるいは売渡土地上に建築された公団住宅に居住するものであるが、申請人番号175、176の両名が都市計画法上の近隣商業地域に居住すろほか、番号171ないし174、181ないし185の九名が住居地域に、番号177、178の両名および前記春日丘団地居住の二一七名が第二種住居専用地域に属する以外、その余の申請人らの居住する土地はいずれも第一種住居専用地域に指定され、藤井寺球場の敷地は住居地域の指定を受けている。したがつて、藤井寺球場は、第一種住居専用地域、第二種住居専用地域および住居地域によつて取り囲まれて存在していることになる。

ところで、被申請人近鉄は、土地の分譲に当り近鉄経営土地の風致の維持向上に留意し、申請人らに対する土地売買契約書で分譲を受けた土地上の建築予定建物および工作物の計画図書を被申請人近鉄に提出してその同意を得なければならない旨の特約を結び、更に二階建の建物を建てるときには隣接土地所有者の同意書を添付しなければならない旨の条件が付されていたほか、店舗を設けないこと、土地境界には生垣を設けること等口頭による約定がなされていることや、分譲土地の面積が一区画三三〇平方メートルから五〇〇平方メートル程度と広いこともあつて、申請人らの居住地域のうち春日丘団地以外は生垣や庭木等の樹木におおわれ、緑の多い閑静な住宅地域を形成しており、また春日丘団地はもと藤井寺教材園であつたためか、これまた大小の樹木が公団住宅の間に植裁されて、住居地域としての落着きを見せ、いずれも夜間の騒音値がほぼ四〇ホン前後の状況に保たれている。

(三)、藤井寺球場の使用状況

藤井寺球場は前記のとおり大鉄によつて建設され、以来、地域住民の保健、厚生、娯楽に寄与してきたが、昭和二四年プロ野球チーム近鉄球団が結成され、昭和二五年から本拠地球場として使用することとなつたものの、観客動員数の関係その他から、昭和三三年以降同球団が日生球場を準本拠地球場として使用するに至つたため、藤井寺球場は主としてアマチュア野球に利用され、昭和四七年度における同球場の使用状況は次のとおりである。

プロ野球公式戦      七日

同オープン戦       三日

同ウェスターンリーグ戦 三〇日

同オープン戦       六日

大学野球         二日

高校野球        三一日

少年野球         四日

職域野球        二二日

その他          七日

プロ野球練習     一一二日

アマ野球練習       五日

合計        二二九日

そして、球場来場者数からみると、少いときは三〇人から多いときで一万五〇〇人、一日平均九〇〇人余であつて、五、〇〇〇人以上来場した日数は年間を通じて僅か六日に過ぎず、しかも藤井寺球場がナイター設備を持たないため、いずれも昼間におけるものであつて、野球場使用に伴う球場外への影響はほとんど認められなかつた。

(四)、藤井寺球場の増改築計画

被申請人らは、昭和四八年二月二六日、記者会見のうえ藤井寺球場に夜間照明設備を設置するなどの増改築をなし、名実ともに近鉄球団の本拠地球場とする旨を発表し、その理由として、(1)ホームグラウンドの確定で選手の士気を高めること、(2)藤井寺球場付近の宅地化が進んで人口が増加し、ファン動員の増加が期待できること、(3)中央環状線、名阪国道等、幹線道路網も画期的に整備され、球場への足の便が良くなつたことをあげた。

被申請人近鉄は、昭和四八年三月二四日大阪府建築主事に対し別紙工事内容目録記載の増改築工事(以下本件増改築工事という)の確認申請手続をなし、同年五月一四日右確認を得た。

なお、被申請人近鉄は、右建築確認の際、大阪府建築部長から「藤井寺市当局ならびに住民との間において十分意見の調整を図られたうえ、工事着手をなされると共に、ナイター設備反対の諸条件についても誠意をもつて解決をはかられるよう通知します」という行政指導を受けている。

そして、本件増改築工事は、後記のような経過で昭和四八年七月二三日ころ工事が始まり、別紙工事内容目録記載一の照明塔工事の鉄塔組立完了は、外野の二基が同年一〇月下旬、内野の四基が同年一一月中旬、点灯完了が同年一一月下旬、同二の外野スタンド増設工事が同年一二月中旬、同三の外野スタンドのコンクリート壁新設が同年一一月中旬、同四の内野スタンド最上部のコンクリート壁嵩上げ工事が同年一〇月中旬、同五のスコアボード拡張工事が同年一〇月中旬それぞれ完成する計画で、本件仮処分申請後、申請人らの工事中止の要望にもかかわらず、近鉄側は計画どおり工事を進めており計画どおりの時期にほぼ完成することが窺われる。

(五)、住民らと被申請人近鉄との協議の経過

前記被申請人らによるナイター計画発表以来春日丘地区、春日丘公団地区、恵美坂地区の各住民はそれぞれその地区の自治会が中心となつて被申請人近鉄とナイター実施により発生することが予想される諸公害の対策について交渉を重ねたが、一部自治会長が近鉄とナイター実施についての覚書を交わす等の動きがみられたため、同年五月一四日右地区住民はナイター公害反対連合会(代表者は申請人番号596の崎山耕作)を結成し、被申請人近鉄との交渉に当ることになつた。右連合会は、同月二二日付要望書で、被申請人近鉄に対し、(1)環境公衆衛生に関する事項、(2)交通に関する事項、(3)犯罪、風紀、教育環境悪化に関する事項、(4)その他ナイター設備、ナイター試合開催に基因して発生する生活悪化の諸事項についての対策を求めた。被申請人近鉄は、右の対策について連合会側の満足のゆく妥結を図ろうと考え、同年五月二二日、六月九日、六月二二日の三回にわたり連合会と交渉をもつたが、その際主として近鉄側から、球場より発する騒音、来場する自動車の排出ガス問題について一般的な説明がなされたが、それ以外の事項については十分な説明がなされないままに終つた。

被申請人近鉄は、以後連合会に対し、(1)代表者を少人数に絞り、これを確定すること、(2)球場に特に隣接する者との話合いの機会をつくること、(3)共同調査事項は量的に把握できるものに限る等の申し入れを繰り返し、実質的内容を持つ話合いに進まないうち、同年七月一九日連合会に対し工事の着工通知をなし、同月二三日ころから本件増改築工事に着手した。

三、本件増改築工事の完成により、藤井寺球場は、外野スタンドが土盛り式のものから鉄筋コンクリート造になり、スタンド全体の面積が従来の四、五七五平方メートルから六、三〇一平方メートルになり、内野席の改装と相まつて収容能力が従来の二万六、〇〇〇人から三万一、〇〇〇人へと増加し、更にナイター用の照明設備が加えられることにより、プロ野球コミッショナー会議で定められた野球場としての収容力を持ち、近鉄球団が従来の準本拠地球場である日生球場での試合をやめ、藤井寺球場を本拠地球場としてその主催試合(全六五試合)の大部分をナイター試合で開催する予定であることが疎明資料により窺われるから、それに伴い申請人らに対し、どのような被害を与えるおそれがあるかを、本件の疎明資料に基づいて検討する。

(一)  ナイター試合開催による交通事情の変化

藤井寺市は西方に大阪中央環状線、東方に大阪外環状線、西名阪国道、大阪・羽曳野線の主要幹線道路が走り、これらを結ぶように藤井寺球場の北方を東西に府道堺大和高田線(幅員6.75メートル)が走つている。

他方、藤井寺市を通る鉄道は近鉄南大阪線のみであるが、これは大阪市内阿倍野橋より古市を経由して吉野あるいは河内長野方面を結ぶ役割を果たしているに過ぎず、近鉄奈良線、同大阪線、南海電車沿線の住民が鉄道を利用して藤井寺球場に来るためには一旦大阪市内に出て阿倍野橋を経由するのが普通のルートと考えられる。しかし右各鉄道の沿線地域は藤井寺市に近接しているから、自動車を利用すれば、前記道路により短時間で藤井寺球場に到着することが可能な地域である。

このように藤井寺球場の場合、大量輸送手段の発達している他の球場に比して自動車の利用率が高いものとなることが見込まれるから、当然来集する自動車に対する考慮が必要である。

ところで、藤井寺市内の道路を見ると、いわゆる球場通線が幅員六メートルであり、前記主要幹線を結ぶ府道堺大和高田線から球場方面へ向う島泉伊賀線が幅員5.80メートル、同じく恵美坂南一四号線が幅員5.60メートル、恵美坂地区を通つて球場通線に通ずる近鉄南大阪線のガードが幅員四メートルであるなど極めて狭隘であるうえ、近鉄南大阪線の鉄道線路が球場附近で藤井寺市を南北に分断しているため、右市内の道路は踏切、ヘヤピンカーブのようにして鉄道線路をくぐり抜けねばならないガード、三叉路等交通渋滞の原因となるような箇所が相当数あり、また藤井寺駅前には各方面に通ずるバスが発着し、駅前商店街の買物客の通行も多く、球場に向つて多数の自動車が集つて来ると交通渋滞の発生が十分予測される。

しかも、交通渋滞が一旦発生すると、自動車からの排出ガスの濃度が高まり、排気騒音、クラクション、人声等による騒音等を発し、これがナイター興行に伴つて生ずる場合、従来の閑静な住宅地の環境を害することは明らかであり、その被害を受ける地域は球場周辺の春日丘地区は勿論、府道堺大和高田線から球場に至る地域に所在する恵美坂地区にまでおよぶであろうことが予想される。

また来集する自動車の駐車場として、球場正面に約三五〇台分の広場が予定されているが、そのほかに、被申請人近鉄は、スーパーマーケットジャスコの駐車場に二五〇台、藤井寺駅北口広場に一七〇台、高鷲駅前に三〇台分の駐車場所を確保している旨主張するが、球場から相当離れているうえ、どのような方法で球場にやつて来る車を右各駐車場に分散させるか、また駐車料金の負担をどうするかなどについての方策が明らかにされていないことから考えて、申請人ら居住地域内の道路に路上駐車されるおそれも十分考えられる。

被申請人らは、これらの対策の一環として、(1)藤井寺駅舎を一般通路にも利用できるよう橋上駅舎に改造する、(2)駅前広場に四メートル道路を新設する。(8)高鷲三号踏切を幅員四メートルに拡幅する。(4)昭和四九年九月末までに恵美坂ガードおよび南側坂路を幅員八メートルに拡幅する。(5)藤井寺一号踏切を現状より二メートル拡幅する。(6)駅前球場間の市道北側歩道を南側歩道に改良する等の工事計画について藤井寺市との間で合意に達していることが窺われ、それが実現した場合、かなり交通緩和に役立つと思われるが、これらの工事は藤井寺市の都市計画事業と関連を有し、その工事の全部がナイター興行実施以前になされるという疎明はない。

また、被申請人らは、路上駐車の予防として、藤井寺市が警察に対し、球場附近一帯の駐車禁止を要請し、被申請人近鉄はガードマンその他の方法により右禁止の趣旨を徹底すると主張するが、疎明により認められる他球場の実態に照らすと、その実際的効果は疑わしく、更に球場に来集する自動車の排出ガス対策については、藤井寺周辺主要八道路九地点の昭和四六年大阪府調査で一日八万四、七三四台に達している状況からみて、ナイター来場客の車数は全く採るに足りないと主張するので、その対策を何等考慮していないことが窺われる。

(二)、ナイター興行に伴う球場からの影響

藤井寺球場でナイター試合を開催することにより、当然球場に来集する観客の喚声、拡声機による場内放送の音、試合前後の観客の移動に伴なう騒音が球場周辺から発生することが予想される。

当事者双方による他球場におけるナイター開催時の騒音調査の結果はつぎのとおりである。

(1)  昭和四八年五月一二日、日生球場、被申請人ら調査

測定地点

A

B

C

上限値

九〇ホン(A)

七八ホン(A)

六八ホン(A)

中央値

七八ホン(A)

七〇ホン(A)

五七ホン(A)

下限値

七〇ホン(A)

六七ホン(A)

五三ホン(A)

ただし 観客数 一九、〇〇〇名

対戦 近鉄―太平洋戦

測定地点 A、内野スタンド

B、外野スタンド

C、球場外

(2)  昭和四八年五月一九日、甲子園球場、申請人ら調査

測定地点

A

B

測定値

六〇ホン台

9回

4回

七〇ホン台

26回

7回

八〇ホン台

93回

1回

九〇ホン台

26回

0回

合計

154回

12回

ただし 調査時間 午後七時一〇分から九時二〇分まで

観客数 二〇、〇〇〇名

対戦 阪神対巨人戦

測定地点 A、阪神側内野スタンド最上段

B、甲子園球場外野スタンド外壁より約四〇メートル離れたビルの屋上

(3)  昭和四八年五月二九日、日生球場、当事者双方の共同調査

測定地点

A

B

測定値

六〇ホン台

7回

7回

七〇ホン台

64回

30回

八〇ホン台

72回

15回

九〇ホン台

1回

0回

合計

144回

32回

ただし 調査時間 午後七時一〇分から九時二〇分ころまで

観客数 八、一〇〇名

対戦 近鉄―太平洋戦

測定地点 A、一塁側内野スタンド上部

B、外野スタンド中央やや一塁寄り

右の各表から藤井寺球場の将来の騒音の予測を直ちにすることはできないが、その他の疎明資料と合わせてみると、ナイター試合開催時の藤井寺球場がかなりの騒音源となり、球場外約一五〇メートルの範囲まではかなりの程度の騒音が到達し、その範囲は春日丘地区および公団春日丘団地の大部分におよぶことが窺われる。

被申請人らは、(1)場内放送に小容量のスピーカーを用いる、(2)観客の笛、太鼓等の持ち込みを禁止する、(3)防音壁を設置するという対策案を有するが、これらの処置をとることにより、その騒音防止の効果や、騒音減衰がどの程度のものになるかについて、具体的な調査結果もない。

右の検討によつてみても、藤井寺球場でナイター興行が行われることにより、球場に近接して居住している申請人らにとつては、球場へ来集する自動車の増加と道路事情による交通渋滞による騒音、排出ガスによる汚染、更に球場からの直接の騒音等により、従前申請人らが享受してきた閑静な住宅地としての静穏さは、少なくともナイター試合の前後にわたり、著しく阻害されることが明らかである。

四、以上の事実によれば、被申請人近鉄は、その前身である大鉄時代より、藤井寺駅周辺の土地を理想的な住宅地とし、その環境の良さをセールスポイントに、宅地分譲することをも業としてきたものであり、分譲に際し各譲受人と特約を結ぶ等して住宅地としての風致を損うことのないよう留意してきているが、そのことは被申請人近鉄自身のためでもあり、また同被申請人が分譲をした者やその承継人に対し分譲住宅地全体を良好な環境に保つべき分譲主側の責務としての面があるとみるべきでみること、現実にはその分譲にかかる住宅地が前記のとおり第一種あるいは第二種住居専用地域に指定された優良な環境の住宅地域を形成していること、公害対策基本法九条の規定に基づき閣議決定された騒音に係る環境基準によれば、主として住居の用に供される地域においては朝夕四五ホン(A)以下、夜間四〇ホン(A)以下が人の健康を保護し、生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準とされているが、申請人らの居住地域はほぼ右基準に合致していること、本件増改築工事は建築基準法四八条三項の適用上は建築物の増改築として建築確認がなされているが、本件増改築工事が完成した場合、ナイター設備も加わることにより、近鉄球団の本拠地球場としてプロ野球のための本格的球場になることは必至であつて、それは従来の藤井寺球場の使用状況と対比するとき、ナイター設備のない球場にそれを具備するという単なる量的発展をみるにとどまらず、ナイター興行を中心とするプロ野球のための観覧場へといわば質的に変化するものとして評価すべきものであると考えられるところ、仮に野球場を新設する場合には、ナイター設備を有しないものであつてもそれは同法六条一項一号所定の観覧場であるから、現在藤井寺球場が所在する地が住居地域に指定されている関係からいうと、同法四八条三項ただし書により、特定行政庁が住居の環境を害するおそれがないと認め、又は公益上やむを得ないと認めて許可した場合以外建築できないものであること、しかも、被申請人らが本件増改築を必要とする事情は、プロ野球が広義でのスポーツ振興に寄与し、大衆のレクリエーションあるいはレジャーに貢献していることを考慮に入れても、なお被申請人ら企業の利潤追求のためのものとみざるを得ないこと、本件増改築の建築確認団際し、被申請人近鉄は大阪府より附近住民との間に十分意見の調整を図るよう指導されているにもかかわらず、申請人らが属しているナイター公害反対連合会と僅か三回ばかり話し合つたに過ぎず、その話し合いの結果近鉄側で配慮した処置について格別のものがみられない以上、申請人らが被るおそれのある被害が主としてナイター興行によるもので、その回数が年間六五試合程度であり、また試合時間の関係から限定された時間(午後六時ころから午後一〇時ころまで)であるとはいえ、これまで申請人らが享受してきた閑静な住宅地としての静穏を著しく阻害される結果をきたし、それに伴う諸般の影響が集積して徐徐に住宅地の性質を変容していくことになることを考えれば、被申請人近鉄としては、宅地の分譲を受けた者の同意を得るか、あるいはナイター興行により予想される各種の被害について必要、かつ十分な対策をとり、その結果について、申請人らと被申請人近鉄の前記特殊な関係を考慮に入れての利益の比較衡量のうえ、申請人らの受忍限度内のものであることを明らかにすることなく、本件増改築工事を強行することは許されいないものといわなければならない。

本件増改築工事は前記の如く計画通り進められているから、それが完成した場合、そのままナイター興行に至ることは明らかであり、その際申請人らが被る被害については、既成の事実を基にして受忍を強いられるおそれがあるから、本件増改築工事の完成により申請人らが回復困難な損害を被るおそれがあるものというべきであるが、他方被申請人らが工事差し止めによつて被ることのある損害は金銭で償い得るものである。

ところで、申請人らの被るおそれのある被害は主としてプロ野球のナイター興行に伴うものと考えられるから、本件増改築工事のうち照明塔工事について仮に差し止めを認めるだけで十分であると思料され、その必要性も認められる。

そして、本件増改築工事の施主が被申請人近鉄のみであり、被申請人近鉄興業は右工事について直接関係がないから、申請人らの被申請人近鉄興業に対する被保全権利についてはその疎明がないこととなる。

よつて、申請人らの本件仮処分申請は、被申請人近鉄に対し、照明塔に関する工事の続行を禁ずる限度で理由があるから、申請人らが一〇日以内に共同で被申請人近鉄に対し、金一、〇〇〇万円の保証をたてることを条件に主文第一項記載の限度で申請を認容し、その余の申請は却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(志水義文 井筒宏成 太田幸夫)

物件目録

一、藤井寺市春日丘三丁目四三九番一

雑種地 三九、五二七平方メートル

二、同所同番地上

家屋番号 一八三番

鉄筋コンクリート三階建 9,583.37平方メートル(藤井寺球場 但し未登記物件)

工事内容目録

一、照明塔工事六基設置 基礎コンクリート杭(径三〇〇ミリ、長き一三メートル)約二八本打込、基礎鉄筋コンクリート造り鉄骨造四脚

照明塔高さ 三九メートル

照明取付板 13.50メートル×9.00メートル

二、外野スタンド増設工事 延床面積六、三〇一平方メートル

鉄筋コンクリート造

三、外野スタンドのコンクリート壁新設

鉄筋コンクリート造

高さスタンド最上部より四メートル(隣接道路より九メートル)

四、内野スタンド最上部のコンクリート壁嵩上げ工事

嵩上げ高 1.8メートル

鉄筋コンクリート造

更に右嵩上げの上に1.8メートルの防球ネット張り

五、スコアボード拡張工事 左右三メートル、高さ一メートル(建築確認を受けたものは幅27.00メートル、奥行4.00メートル、高さ17.80メートル、隣接道路より24.50メートル)

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